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大阪高等裁判所 昭和55年(行コ)11号 判決

控訴人(被告) 神戸地方法務局登記官

被控訴人(原告) 株式会社大阪相互銀行

訴訟代理人 小澤一郎 村中理祐 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決の訂正

原判決二枚目裏一行目から同二行目に「訴外株式会社大津屋(後に萬栄商事株式会社と商号を変更した。)」とあるのを「訴外株式会社大機製作所(後に株式会社大津屋、萬栄商事株式会社と順次商号を変更した。以下大津屋という。)」と改め、同三枚目表一行目に「継由」とあるのを「経由」と訂正し、同四枚目裏二行目から同三行目の括弧内を「その引用する第一審判決を含む。以下別件高裁判決という。」と改め、七枚目表八行目の「解釈する」の次に「ことはその」を挿入し、同九枚目裏九行目から同一〇行目、同一〇枚目表九行目及び同裏五行目に「本件判決」とあるのを「別件高裁判決」と改め、同四枚目裏八行目「各登記申請」の次に「(以下本件各登記申請という。)」を挿入し、同七枚目表一一行目、同一三行目、同八枚目表八行目、同九枚目表三行目、同裏二行目、同四行目、同八行目、同一〇行目及び同一三行目に「法」とあるのを「不登法」と改める。

2  控訴人の主張

(一)  およそ不動産の表示に関する登記は、不動産の物理的現況の正確なは握とその公示を目的とするものであるから、登記官は、不動産上に存する権利関係等については一切顧慮することなく、その表示に関する事項、すなわち物理的現況に限定して実質的審査をし、これを登記簿に常時正確に反映させるべき職責を負うものであり、建物の滅失の登記は、登記した建物が社会通念上建物としての存在を失つたとの事実に伴い、また建物の表示の登記は、建物が新築されたとの事実に伴い、それぞれその原因、現況等を登記簿上明らかにする報告的登記である。そうすると、建物の解体移転、すなわちいつたん建物が取りこわされ、他の場所に改めて建築された場合には、建物が解体された時点で滅失の登記が、次いで建物が再現された時点で表示の登記がそれぞれ必要となるのであつて、このことは、物権の客体が物理的に消滅すればその物権自体も同時に消滅するとの物権法の大原則に従つた当然の事理である。そしてこの場合、解体の目的、解体後の材料等の利用状況等についてまで登記官に調査義務が課せられるとすれば、物理的に滅失し現存しない客体について調査するという至難な作業を強いられるだけでなく、極めて多大な調査時間を要し、登記事務が停滞することは必至で、迅速、かつ、画一的な処理を旨とする不登法の立法趣旨にも反することになるから、解体移転された建物の登記処理は、それが土地区画整理事業に伴う場合であると否とにかかわらず、常に右のとおり滅失の登記と表示の登記として画一的に取り扱うことが正しいというべきであり、これが旧家屋台帳法施行当時からの一貫した登記実務となつている。すなわち家屋台帳事務取扱要領(昭和二九年六月三〇日民事甲第一三二一号民事局長通達)第一三は、「家屋の建築とは、新たに家屋を建築することをいい、新築のほか、改築、再築、移築を含むものとする。」と、不動産登記事務取扱手続準則(昭和五二年九月三日民三第四四七三号民事局長通達。以下準則という。)一四二条は、「既存の建物全部を取りこわし、その材料を用いて建物を建築した場合(再築)でも、既存の建物が滅失し、新たに建物が建築されたものとして取り扱うものとする。」と、同一四四条一項は、「建物の解体移転は、滅失及び新築として取り扱うものとする。」(なお、昭和三八年四月一五日民事局長通達による旧準則一三〇条一項も同旨)と定め、また土地区画整理に伴う解体移転について、昭和三三年四月一〇日民甲第七六九号民事局長心得回答は、「従前の土地上の建物と換地の上の建物とが……なお同一性を有するとされるのは、当該建物の曳行移動による場合に限られるのであつて、……解体(取りこわし)して換地上に移築した場合には、その同一性は失われ、したがつて従前の建物について設定された抵当権は消滅する。」と定めて、この趣旨を明らかにしている。

(二)  土地区画整理事業に伴う解体移転の場合、新建物が、従前の建物の材料の大部分を使用して同一の種類・構造の建物として建築され、その面積及び外観にそれほど変動がないときは、新旧両建物の間に同一性があるとする大審院以来の裁判例はあるが、これは、前述の表示登記理論とは別の観点に立ち、新建物が既に存在する現在の時点から遡つて過去に存在した建物とを比較対照し両者の同一性を論じているものであつて、右の同一性の判断基準は、あくまで当該不動産に関する実体法上の権利関係相互間の利害調整を図る基準であるにとどまり、かつ、これに限定して適用されるべきである。ところが、本件の争点は、こうした実体法上の問題ではなく、正に登記手続法上の問題なのであつて、登記制度が裁判制度とその手続・構造を全く異にしている以上、登記官が、その有する審査権に基づき右基準により同一性の存否を判断することは、到底不可能であるだけでなく、実体関係に踏み込んでそのような判断をすること自体、表示登記理論上許されないことである。したがつて、解体された建物が将来右基準に適合するような同一性ある建物として新築されるか否かなどの点は、その時点においては、登記官の判断要素となる余地はなく、そうした建物が新築されたとすれば、その時点で改めて新建物の物理的現況に符合するように表示の登記をすれば足りることである。また、滅失建物の登記用紙を新建物について流用することは許されないところ、新旧両建物について同一性が認められる場合があるとすれば、不当な意図で右のような登記の流用を図る危険性が増大することは免れない。

一方、本件において、旧建物(第一物件)の上に設定された担保権者である被控訴人は、自己の担保権に基づき、その取りこわし前に、既に競売申立をし、競売開始決定を得ているのであるから、新建物について登記がなくとも配当加入して被担保債権の回収を図る余地があり、更に、担保のき滅を理由として被担保債権についての期限の利益を喪失させ(民法一三七条)、代担保の請求もできるほか、損害を被つたときは、担保設定者に対し、その賠償請求をする道もあるので、前記登記実務に従つて処理しても、その保護に欠けるところはない。

そうとすれば、以上と異なる前提に立つ原判決及び別件高裁判決は、担保権者の保護という実体面に傾斜する余り、登記手続面を等閑視するものといわざるをえない。

(三)  建物が滅失したときは、表題部に記載された所有者又は所有権の登記名義人は、一か月内に建物の滅失の登記を申請することを要するとされているが(不登法九三条ノ六)、これは、専ら、不動産の物理的現況の変動を迅速、かつ、正確に登記簿表題部に反映させることによつて取引の安全を図ることを目的とするものであるから、右の申請義務期間は最長不変期間とみるべきであり、物理的な変動が不動産に生じた都度、速やかにそれに伴う登記申請がなされるべきことを不登法は期待していると解すべきである。解体移転工事は、旧建物の解体から新建物の建築までの一連の工程を伴うものであり、旧建物の解体の時期と新建物の建築の時期との間には必然的に時間的なずれを生ずるが、解体移転の目的をもつて旧建物が取りこわされ、一か月を経過しても未だ新建物が建築されない場合、原判決のごとく、解体移転に伴う表示に関する登記を、滅失の登記と表示の登記の合体した登記であるかのように解釈すると、建物が物理的に滅失しているとの事実があるにかかわらず、その旨の滅失の登記ができないことになろう。登記官は、むしろ、必要があれば物理的な現況をは握し、所有者の意思・目的、後続すべき新建物の表示の登記等を一切考慮することなく、旧建物が解体により物理的に滅失したとの事実にのみ即して、職権による滅失の登記を実行すべきである。

(四)  建物の滅失の登記の抹消登記は、不登法上これを認める規定はなく、実務上、回復登記の一種であると観念されているが、回復登記が認められるのは、物理的に建物が存在するにかかわらず、手続上の過誤によつて登記用紙が閉鎖されている場合のみであるから、本件のごとく、第一物件が現存しない場合には、右物件に関する滅失の登記の抹消登記を認める余地はないのみならず、そもそも第一物件についてなされた滅失の登記は、その物理的な現況(不存在)に合致した適法な登記であつて、回復登記すべきなんらの理由もない。

登記簿上二棟二個の建物として登記されていた第一物件は、移築当時、既に一棟一個の建物となつていたのであるから、仮に第一物件の滅失の登記の抹消登記を認めるとすれば、現況に符号しない表示の登記が再現されるばかりでなく、第二物件の現況を正確に反映している有効な表示の登記が存在する以上、二重登記の関係を生ぜしめるなど、公示上の混乱を招くことになる。また、第一物件の滅失の登記が、「取りこわし」という原因でなされたことが仮に過誤であつたとしても、第一物件は、取りこわし前に「合棟」という物理的加工により、二棟二個の建物が一棟一個の建物に変形していたのであるから、その時点で、一不動産一登記用紙の原則上、いずれにせよ、合棟を原因とする滅失の登記を免れず、その滅失の登記は、表示に関する登記手続上も許されているいわゆる中間省略登記として有効というべきであるから、この点からも第一物件について回復登記をすることは理由がない。

次に、表示の登記の抹消登記が認められるためには、建物が滅失したとか、一個の建物について二重登記がなされたとかの理由により、建物自体が物理的に存在しないことを要するところ、本件においては、現況に合致した第二物件が物理的に存在するのであるから、これについての表示の登記を抹消することは許されないというべきである。

(五)  表示に関する登記は、不登法二七条の「判決による登記」の対象とはならず、同法二五条ノ二の規定に基づき、登記官が職権をもつて調査してなすべき登記であるから、別件高裁判決があるからといつて、これに基づいてなされた本件各登記申請を当然に受理すべきことにはならない。この点に関する被控訴人の後記主張は、一般に権利に関する登記について述べられていることを、表示に関する登記に不当に拡張解釈するものに外ならず、また、事実の登記ともいわれる表示に関する登記については、裁判所の判断があつても、登記官がなお実質的審査を行い、事実を確認したうえで実行すべきは当然である。以上のとおりであるから、本件各登記申請が不登法四九条二号、一〇号に該当するとして控訴人がなした本件各処分は、なんらの違法はない。

3  被控訴人の主張

(一)  土地区画整理事業の施行に伴う建物の解体移転の場合、一定の要件のもとで、新旧両建物について同一性の認められるべきことは、大審院昭和八年三月六日決定等の多数の裁判例が判示するところであり、昭和三三年四月三日訟行甲第三八五二号訟務局長回答も、「右のような解体移転の場合、同一性は、具体的事案に即して社会通念によつて決定すべく、同一性が認められるときは、従前地上の建物に設定されていた抵当権は、換地上に移築された建物にも及ぶ。」としているのであつて、右のような観点から、解体前の第一物件と移築後の第二物件について、物理的状況等を認定したうえ、その間の同一性を肯定した原判決及び別件高裁判決には、なんらとがむべき点はない。

(二)  第一物件は、現存建物(第二物件)の表示と正確に合致はしないが、被控訴人は、第一物件の閉鎖登記簿を回復のうえ、第二物件の建物の表示と同一になるよう変更登記をすることにより、建物の現況と合致させることができるので、第一物件の滅失の登記の抹消登記をする実益があることは明らかである。もつとも、滅失の登記の抹消登記は、不登法上に規定はないが、本件のような場合には、その必要があるから、右抹消登記請求権を肯認してしかるべきである。また、控訴人は、第一物件の滅失の登記の抹消登記が許されないことの理由として、第一物件は登記簿上二棟二個の建物であつたところ、これが合棟により一棟一個の建物となつていたのであるから、「取りこわし」を原因とせずとも、「合棟」を原因としていずれにせよ滅失の登記を免れない旨主張するが、二棟二個の建物が合棟により一棟一個の建物となつた場合は、取りこわしの場合とは異なり、従前の建物は物理的には滅失していないのであるから、その上に設定された抵当権等の権利も消滅していないというべく、右主張は理由がない。

(三)  控訴人は、第一物件を目的物とする担保権者である被控訴人には、登記手続以外の実体法上の救済方法がある旨主張するが、抵当権は、その客体たる不動産の存在を前提とし、当該不動産が滅失したとすれば、これに対する抵当権も当然消滅するので、右主張のような救済の方法は考えられない。また、被控訴人が本訴とは別に、控訴人を相手方として、第一物件につきなされた滅失の登記及び登記簿閉鎖処分の取消を求めて提起した訴訟(神戸地方裁判所昭和四六年(行ウ)第二号)において、土地区画整理事業施行者である神戸市長が右訴訟に補助参加し、第一物件は解体移転によつて滅失することなく第二物件として同一性を保持して存続している旨の主張をしているのであるから、事業施行者から交付される損失補償金について、被控訴人が物上代位権を行使する余地はない。

(四)  被控訴人が、別件高裁判決を申請書に添付してなした本件各登記申請は、不登法二七条の「判決による登記」の申請にあたると解すべきである。けだし、同条は、本来、共同申請によるべき登記について、例外的に判決により単独申請しうることを定めたものであるが、不登法上、権利名義人が単独申請できる登記についても、権利名義人が右登記をなすべき実体法上の義務を他人に対して負担している場合には、権利名義人を被告として登記申請をなすべきことを求める登記請求権があるものというべく、この場合、同条の類推適用を認めるのが相当だからである。一見明白に判決としての価値が認められない場合でない限り、別件高裁判決のごとく、裁判所が詳細な事実調のうえ建物の同一性を肯定した判断を、登記官が、その判断により実質的に否認することとなるような登記申請却下処分は、到底許されないといわざるをえない。

4  証拠関係〈省略〉

理由

一  次の事実は当事者間に争いない。

(1)  被控訴人は、第一物件について、昭和三八年八月三一日、株式会社朝日製作所を債務者とする元本極度額金二〇〇〇万円の根抵当権設定登記及び代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を経由し、その後右根抵当権に基づいて競売を申し立て、昭和四〇年一月一三日その旨の記入登記がなされた。

(2)  大津屋は、その後第一物件の所有権を取得し、右物件のうち家屋番号二八番の建物につき昭和四二年三月九日、家屋番号二八番の一の建物につき同月八日、それぞれ所有権移転登記手続をした。一方、神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業の施行者である神戸市長は、第一物件の敷地について仮換地の指定をし、これに伴い、従前地上に存在する第一物件を、仮換地上に移築する目的で、いわゆる直接施行の方法により、取りこわしたうえ、昭和四四年一一月一五日、仮換地上に第二物件を完成し、同月一八日大津屋にこれを引き渡した。

(3)  大津屋は、同年一二月一八日、第一物件につき同年九月四日取りこわしを原因とする建物の滅失の登記、第二物件につき同年一一月一八日新築を原因とする建物表題部の登記(表示の登記)の各申請をしたところ、神戸地方法務局登記官はこれを受理してその旨の各登記を完了し、第一物件の登記簿は閉鎖され、同年一二月二四日、第二物件について大津屋を権利名義人とする所有権保存登記が経由された。

(4)  右により抵当権等の登記を失つた被控訴人は、解体前の第一物件と移築後の第二物件との間には同一性があるから右の各登記は実体を欠き無効であると主張し、根抵当権に基づく物上請求権の行使として、大津屋に対し、第一物件の滅失の登記の抹消登記手続を求める訴訟を提起し(神戸地方裁判所昭和四五年(ワ)第五八三号)、勝訴したが、その控訴審において、大津屋の控訴及び被控訴人の附帯控訴(大阪高等裁判所昭和四八年(ネ)第八六二号、昭和四九年(ネ)第一九〇三号)に基づき、昭和五〇年九月二九日、原判決を取り消すとともに、大津屋が、被控訴人に対し、第一物件の滅失の登記並びに第二物件の表示の登記及び所有権保存登記の各抹消登記手続をなすべきことを命じた判決(別件高裁判決)が言い渡され、右判決は同年一〇月一八日確定した。

(5)  そこで被控訴人は、昭和五一年七月二六日、別件高裁判決の判決正本及び確定証明書を申請書に添付して、第一物件につき原判決別紙第一登記申請事項記載(滅失登記の登記抹消)の、第二物件につき同第二登記申請事項記載(表題部の登記抹消)の、各登記申請(本件各登記申請)をなしたところ、控訴人は、昭和五三年八月九日付で、右各申請が不登法四九条二号、一〇号に該当するとの理由で却下する旨の処分(本件各処分)をなした。

二  そこで本件各処分の適否について判断する。

1  表示に関する登記は、権利の客体である不動産の状況を明確にする機能を有し、その形式・手続構造等において権利に関する登記と異なつた取扱いがなされ、所有者又は所有権の登記名義人が、第三者の協力を求めることなく単独でこれを申請することができるものであり、いわゆる報告的性質を有している。そして表示に関する登記にあつては、登記官が職権をもつて調査してこれをなすべく(不登法二五条ノ二)、所有者又は所有権の登記名義人がなす登記申請も、現況を報告する意味を有するにとどまり、究極において登記官の職権発動を促す切つ掛けとなるにすぎないから、このような登記については、原則として、登記請求権を認める余地はないといえよう。また建物の滅失の登記(不登法九三条ノ六、九九条、八八条)は、建物が滅失した場合、そのことを表示して当該登記用紙の全体を閉鎖して行う右のようないわゆる報告的登記であるから、これまた原則として登記請求権を認める余地はないといえる。しかし建物が滅失していないのに、登記官が誤つて滅失の登記をし、その登記用紙が閉鎖され、同時に、右建物と同一性のある建物について新登記用紙に表示の登記がなされた場合には、不登法上の明文は存在しないが、一定の限度で、利害関係人は所有権の登記名義人に対し滅失の登記及び表示の登記の各抹消登記請求権を有するものと認めるのが相当である。すなわち旧建物について抵当権を有し、その旨の設定登記を経由していた者がいる場合、登記が物権の対抗力発生の要件であつて、その存続の要件ではない以上、右の抵当権の対抗力は、法律上の消滅事由によらないで消滅するものではないから、右滅失の登記が存在するとしても、なお対抗力を失わないが、現行の不登法上、滅失の登記によつて閉鎖された旧建物の登記用紙に登記されている権利に関する登記を職権で新建物の登記用紙に移記することは認められていないので、右の抵当権を実効あらしめるためには、新建物について、所有者が所有権保存登記をなした後、抵当権の設定登記手続をする外なく、しかも、その際、所有者と第三者との共謀などによつて登記の順位を保全できず、これにより不測の結果を招くことも十分考えられるところである。したがつて、このような場合には、登記用紙の閉鎖及び新設により、抵当権の完全な享受・行使が妨げられている状態にあるものというべきである。もつとも、右の抹消登記は、表示に関する登記に外ならないから、登記官の職権発動を促して右登記を実現することも考えられるが、本件のごとく同一性について問題のある建物について、直ちに職権によつて抹消されるとは限らない。しかし登記官の過誤によつて惹起された事態を登記簿上是正する方法がないということも到底容認し難いところであるから、抵当権者は、抵当権に基づく妨害排除請求権を根拠として、登記簿上の所有者に対し、滅失の登記及び表示の登記の各抹消登記手続を求める登記請求権を有するものといわなければならない。そして抵当権者が、右抹消登記手続を命ずる判決によつてその登記申請をすることは、不登法四六条ノ二の規定により登記簿上の所有者に代位してその登記申請を行うものに外ならないのであつて、被控訴人が主張するごとく、同法二七条の規定に基づく判決による登記の申請ではないものと解すべきである。

2  ところで、建物の滅失とは、自然的たると人為的たるとを問わず、建物が物理的に壊滅して、社会通念上建物としての存在を失うことであるから、既存の建物の全部が取りこわされれば、不動産としての存在を失い、その材料を用いて、従前と同一の場所に建物を建築した場合(再築)であると、他の場所へ移転して建物を建築した場合(移築)であるとを問わず、原則として、建物の同一性は失われ、既存の建物が滅失し、新たな建物が建築(新築)されたものというべく、これに伴い、登記手続上、旧建物の登記簿は滅失の登記により閉鎖され、新建物について表示の登記がなされるべきものである。しかし登記上の利害関係を有する第三者がいると否とにかかわらず、滅失した旧建物の既存の登記を新建物の登記として流用することが許されないことは明らかであり、右と同旨の登記手続を明らかにした準則一四二条、一四四条一項の規定するところは、次に述べる例外的な場合を別にすれば、もとより正当なものというべきである。

しかしながら、土地区画整理法七七条の規定に基づき、事業施行者が、いわゆる直接施行の方法により、従前地上の既存の建物を、換地(仮換地を含む。以下同じ。)上に移転する目的をもつて解体(取りこわし)をし、換地上に移転した場合(移築)において、換地上の建物が、旧建物の材料の大部分を使用し、旧建物と同一の種類・構造のものであるときは、その外観及び床面積に多少の相違があつても、新旧両建物の間には、社会通念上同一性が保持されており、旧建物について存在した抵当権は、実体法上、当然に換地上の新建物の上に移行するものと解するのが相当である(大審院昭和八年三月六日決定・民集一二巻四号三三四頁参照)。そしてこの場合には、旧建物は取りこわしによつて滅失することなく換地上の新建物として存続しているものと評価することができ、したがつて、旧建物の登記簿の表題部に表示された建物と新建物との間の同一性も失われないものと認めて妨げないから、旧建物の登記簿により、当該建物の公示作用を果たさせるべきであり(建物の所在地及び床面積につき変更登記をすれば足りる。)、旧建物の登記簿を閉鎖して新建物につき新登記用紙に表示の登記をすることは、許されないものというべく、この限度で、前記準則に対する例外を認めざるをえない。

もつとも、この点については、控訴人が主張するような反対の見解があり、昭和三三年四月一〇日民甲第七六九号民事局長回答は、土地区画整理法七七条一項により施行者が直接に従前地上の建築物を換地上に移転する場合につき、旧家屋台帳法施行当時の事務処理指針として、「従前の土地上の建物と換地上の建物とが、家屋台帳法上、なお同一性を有するとされるのは、当該建物の曳行移動による場合に限られるのであつて、解体(取りこわし)して換地上に移築した場合には、その同一性は失われ、したがつて、従前の建物について設定された抵当権は消滅するものと解する。」との見解を示している。そして成立に争いのない乙第四号証によれば、神戸地方法務局長は、同法務局登記官が、第一物件につき滅失の登記、第二物件につき表示の登記をしたことを不服として被控訴人からなされた審査請求に対し、昭和四五年一二月一二日付裁決で、前同様の理由によりこれを棄却したことが認められ、登記実務が、このような場合にも、前記準則一四四条一項の規定の趣旨により画一的に処理されている実情にあることは、控訴人の主張からうかがいうるところである。しかしながら、以下述べる理由により、右反対の見解及び登記実務の処理方法には、賛同することはできない。すなわち、

(一)  土地区画整理法は、換地処分が行われた土地については、換地は従前の宅地とみなされる(同法一〇四条)との特別の効果を創設し、従前の権利関係をそのまま移行させることとし、それに伴い、土地区画整理登記令が登記手続の特別規定を置いている。これに対し、解体移転の建物については、右のような特別の規定を設けていないが、土地区画整理事業により従前地上の建物を換地上に解体移転(移築)することは、本来、土地の利用を増進するために一定の地区内における土地の区画及び形質の変更を目的とする公益事業に協力するための公用負担の遂行に外ならず、建物所有者や抵当権者の全く自由な意思によるものでないことは明らかである。すなわち既存の建物の取りこわしは、その所有者が所有権を放棄した結果としてなされるものではなく、土地区画整理法七七条の規定に基づき、事業施行者がその必要を認めた場合、一定の手続を経て、所有者又は施行者により、換地上に移築する目的をもつて行われるものであつて、新建物が前述したように種類・構造等の点で旧建物と余り差異がないときは、社会通念上、客観的に同一性が明白であるとして、既存の建物の存在を究極的に失わすべきものではない。そうとすれば、この場合、建物の解体という一事によつて、これに対する所有権その他の権利が消滅すると解することは、およそ区画整理制度の趣旨と相容れないのみならず、区画整理により建物を移転する方法として、曳行移動によるか、解体移転(移築)によるかは、ひつきよう、技術的な工法上の相違にすぎないところ、前者によつた場合には、移動の前後を通じて建物の同一性が認められる結果、従前の権利関係が維持され、登記手続上も建物の所在の変更として取り扱われる(準則一四四条二項)ことに比し、曳家が技術的に不可能若しくは著しく困難であり、又は従前の利用関係の公平を図るなどの見地から不相当であるとして、後者の方法を取つたがゆえに、実体法上の結果に大きな差異が生ずることには、格別合理性が認められない。

(二)  前記登記実務の処理方法は、現在の登記所の人的・物的な制約のもとでは、建物の同一性の認定作業の困難性、万一の過誤という危険を回避するとの観点からする限り、それなりに理由があるが、そうした登記技術上の便益と、実体法上認められた登記請求権の行使が正確に登記面に反映されることによつてもたらされる利益とを対比した場合、後者により高い価値が認められてしかるべきである。もつとも、このような場合、登記の効力と権利関係とを区別して考える見解(例えば、東京地裁昭和四四年六月二日判決・判例時報五七二号三九頁)があるが、賛同できない。建物の表示に関する登記申請があつた場合、登記官は、申請書及び添付書類の形式的な適合性にとどまらず、添付書類又は公知の事実等により申請に係る事項が相当と認められる場合でない限り、実地調査し、申請に係る表示に関する事項が現況に符号するか否かについて、実質的な審査を励行すべきことが要請されている(不登法五〇条、四九条一〇号、準則八七条、八八条)。そして土地区画整理による解体移転に伴う登記事務は、それほど多く起こる事例ではなく、区画整理事業の施行自体、管轄登記所の登記官にとつて職務上顕著な事実に属することが多いのみならず、新旧両建物の関係登記の申請が同一の機会になされ、かつ、区画整理に伴うものであることを明らかにする資料が申請書の添付書類とされることが通例であると考えられる(成立に争いのない乙第一、第二号証の各三、四、乙第三号証の三ないし五によれば、本件各登記申請書には、仮換地指定、移築工事の内容等に関する事項を証する事業施行者作成の証明書及び土地家屋調査士作成の建物調査書が添付されていたことが認められる。)。そうとすれば、このような場合において、旧建物が解体されて現存していなくとも、登記官に、実質審査の一環として、前述のような基準による同一性の存否につき調査することを要求しても、あながち不当とはいえない。また、移築に伴う同一性を肯認する事案を右のような例外的な場合に限定すれば、控訴人が主張するような登記の流用による危険性については、特に顧慮する必要はないし、これがために登記事務の停滞を招くとは到底考え難い。

(三)  控訴人は、先の登記実務によつた場合、解体前の建物の上に設定された抵当権を失うこととなる結果もやむをえないものであり、抵当権者は、滅失工事の差止請求のほか、工事完成後においては、損害賠償の請求、代担保の請求、担保のき滅を理由とする期限の利益の喪失等の救済方法をもつて甘受すべきである旨主張する。

なるほど、区画整理によるものではない一般の解体移転の場合について考えると、容易に現況に変更を生じさせる木造建物を土地とは別個の不動産と認める我が法制のもとでは、不誠実な債務者が、担保権の喪失を企図して解体移転の挙に出ることもありうべく、そのような場合には、解体移転の目的が必ずしも第三者にとつて明らかであるとはいえないから、担保権の登記を有する特定の債権者の利益よりは、当該建物につきじ後取引関係に入つてくる不特定多数の第三者の利益をより重視し、控訴人主張のような救済の限度で担保権者を保護することも一理あろう。しかし、区画整理による解体移転の場合には、前述のとおり、その移築目的が、社会通念上、客観的に明白であるから、右の理は直ちに妥当はしないし(なお、この場合、抵当権者が移転工事の差止請求をしたり、損害賠償請求をすることは、実際上、考えられない。)、区画整理の本質に照らすと、より根本的な解決が図られなければならない。前記一に認定したとおり、被控訴人が、第一物件の取りこわし前に、右物件に対する根抵当権に基づき競売申立をし、その旨の記入登記をしたとの事実はあるが(もつとも、それによつて被控訴人が被担保債権の満足を受けたことの確証はない。)、右のような事情があるからといつて、本件を別異に解すべき根拠はない。

なお、土地区画整理法七八条は、事業施行者が直接建築物等を除却した場合に支払う損失補償金について、抵当権者等の物上代位権を規定しており、昭和三二年一〇月七日民事甲第一九四一号民事局長回答は、区画整理による建物の解体移転を滅失及び新築と解する結果として、これを同条所定の「除却」に該当するとしているが、いまその当否はさて措き仮に右の解釈を取つたとしても、担保権者の保護に十分でないことは明らかであり、また、建物の移転工事費等の損失補償についても、それが建物の損失に対する補償にあたらない以上、これについて抵当権者等が物上代位をする余地もない。

(四)  不登法九三条ノ六第一項は、建物が滅失した場合、表題部に記載した所有者又は所有権の登記名義人は一か月内に建物の滅失の登記を申請すべきことを定め、同法一五九条ノ二は、その義務を怠つた者に対して過料の制裁を課することとしているが、これは、表示に関する登記について現況との不一致をできるだけ速やかに除去するため、最も事情に明るい所有者等に登記行政に協力すべき公法上の義務を負わせたものであるから、右の一か月の申請期間を、控訴人主張のように最長不変期間と解すべき根拠はなく、右の期間を経過したからといつて、滅失の登記ができなくなる訳ではないので、その主張するような不合理な事態は生ずる余地がない。また、解体移転工事においては、従前地上の旧建物の取りこわしと換地上の新建物の完成との間に多かれ少なかれ時間的経過が存することは免れず、右取りこわし直後の時点に限局して専ら物理的見地から考えれば、不動産の現況をあるがままの事実として公示する表示登記制度を極めて厳格に運用する限り、控訴人主張のように、登記官は、職権によつてでも滅失の登記をなすべきかもしれない。しかし、表示に関する登記は、申請に基づくものがほとんどを占める実情にあるから、右のようなことは現実には考えられないのみならず、区画整理の場合には、既存建物が取りこわされたままではなく、新建物の建築が必ず予定されているのであり、建物の滅失といい、あるいは新旧両建物の同一性というも、結局は、社会通念に照らした法技術上の概念なのであるから、解体の目的、建物の種類・構造等の点で一定の要件が充足される場合には、登記処理上も、移築の前後を一体として捕らえ、滅失にはあたらないとすることの方が、表示登記制度の趣旨によりかなうものというべきである。そうすると、前説示のような解釈が、登記手続面を等閑視して実体面に不当に傾斜したものとする控訴人の指摘はあたらないという外はない。

3  そこで、以上の見解を前提として、本件を検討する。

(一)  成立に争いのない甲第三、第四号証によれば、別件高裁判決は、解体前の第一物件と移築後の第二物件との同一性判断のための基礎事実として、(1) 従前地である第一物件の敷地は神戸市生田区元町通一丁目四八番地の二(一七五・四〇平方メートル)、仮換地である第二物件の敷地は同区三宮元町二二街区七号(一三一・五六平方メートル)であつて、仮換地は、従前地より面積がやや狭く、位置がやや西側に寄つたが、いわゆる現地換地に近いものであつたこと、(2) 第一物件は、登記簿上二棟二個の建物として表示されていたが、取りこわし当時の現況は、両建物の互に接する部分の隔壁が除去されて一棟一個の木造一部二階建となつており、大津屋は、これを三部分に区分し、三名(成立に争いない乙第一〇号証の一によると、その三名は株式会社日本旅行会、袋物店白賀虎、雑貨店萬山すゑである。)に店舗兼居宅として賃貸していたので、事業施行者は、右占有者の利用条件の公平を図るため、移築後の建物も三部分に区分し同一の利用条件と同一の形態を保つて縮小するべく、曳行移転したうえで一部を除去するとの工法によらず、解体移転の工法を採用したこと、(3) 第二物件の構造材料は、原則として第一物件の解体材を使用し、解体材が腐朽しているため保安上危険と認められる場合及び造作板材で再使用が不可能な場合に限つて、一部に補足材を使用したが、補足材の全材料に対する割合は一割ないし二割弱であつて、その使用材料は、従来使用していたものと材質・寸法が同等のものであり、その使用箇所は、土台及び柱の一部の根元にとどまること(ただし、基礎下工事は、従前のものを取りこわして新規に施工し、敷居、鴨居及び屋根用鋼板は新規材料を使用した。)、(4) 床面積は、全体として、従前の二〇九・四二平方メートルが一六八・〇一平方メートルとなり、二割程度減少したが、従前の占有区分に従つてほぼ按分され、同一の形態を保つて縮小された形をとり、間取り、利用条件はほぼ従前のとおりであつて(ただし、二階部分は部屋の位置が変更された。)、第二物件の全体としての外観・形態は、第一物件のそれを縮小したにすぎないとは握されるものであること、以上の事実を認定していることが明らかである。そして前掲乙第一、第二号証の各三、四、第三号証の三ないし五、第一〇号証の一、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証、乙第一〇号証の二、三、第一一号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、右の事実認定は首肯することができ(右乙第一〇号証の一によると、第二物件の敷地は第一物件の敷地と大部分重複し、最大移転した地点でも約三メートルであることが認められる。)他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実及び前記一の事実に基づいて考えると、事業施行者は、第一物件の敷地について、いわゆる現地換地に近い仮換地指定をし、従前の建物の利用条件の公平を図ることを目的として、いわゆる直接施行による解体移転(移築)の工法を採用することとし、右建物を、仮換地上に移転する目的をもつて取りこわし、その大部分の構造材料と、二割に満たない補足材(従前と同等の材質・寸法のものを使用し、その使用箇所も極く一部に限定した。)を使用して、木造一部二階建店舗兼居宅という同一の種類・構造の建物を建築し、床面積は全体として二割程度減少したものの、その外観・形態、占有者の利用条件には余り差異がないのであるから、前記二の2に説示したところに従えば、第一物件と第二物件の間には、社会通念上同一性が保持されており、かつ、閉鎖された第一物件の登記簿の表題部に表示された建物と第二物件との間の同一性も失われていないものと認めるのが相当である。

そうすると、第一物件が前記解体移転のための取りこわしによつて滅失し、かつ、第二物件が新築されたものとすることはできないから、第一物件についてなされた滅失の登記は、建物が滅失していないのにかかわらず滅失したものとしてなした実体のない無効の登記であり、また、第二物件についてなされた表示の登記(表題部の登記)も、実体を欠く無効の登記であつて、いずれもその抹消登記をなすべきものである。

(二)  ところで、控訴人は、建物の滅失の登記の抹消登記は回復登記の一種に外ならないところ、回復登記が認められるのは、物理的に建物が存在するにもかかわらず、手続上の過誤によつて登記用紙が閉鎖されている場合に限定されているから、第一物件が既に現存しない本件においては回復登記は認められない旨主張する。

しかし、前示のとおり、登記手続上も第一物件は滅失することなく同一性を保つて第二物件として存続したものとして処理すべきであるから、右主張は理由がない。

(三)  更に控訴人は、第一物件が、登記簿上二棟二個の建物として表示されていたが、移築当時には、既に一棟一個の建物となつていたとの事実を捕らえ、前示のような抹消登記をすることの登記法上の障害として、(1) 第一物件の滅失の登記の抹消登記をすれば、現況に符合しない表示の登記が再現され、公示上の混乱を招くことになり、登記官は、建物の現況が登記面に反映されていないとして、直ちに右登記を職権で抹消し、改めて第二物件の回復登記をせざるをえない、(2) 第一物件は「取りこわし」という原因で滅失の登記がなされなくとも、一不動産一登記用紙の原則上、いずれにせよ、「合棟」を原因とする第一物件の滅失の登記と第二物件の表示の登記をせざるをえず、こうした滅失の登記は、表示に関する登記の手続上認められている中間省略登記に該当するから無効の登記ではない、(3) 第一物件には、その取りこわし当時既に所有権以外の権利に関する登記が存するため、不登法九三条ノ四の規定上、合併の登記はできず、回復された第一物件の登記簿上の表示を第二物件の表示に変更登記することはできない旨の各主張をする。

しかし、右(1)ないし(3)の各主張について順次検討すると、(1) 第一物件の表示の登記が滅失の登記の抹消登記により回復後、合棟を原因として職権により再び滅失の登記がなされるべきものであるとしても、このような将来の事態は右取りこわしによる滅失の登記の抹消登記請求権を否定する理由となりえないことはいうまでもない(なお、建物の取りこわしによる滅失の登記と合棟による滅失の登記とは右建物に対する所有権以外の権利に関する登記につき前者は消滅、後者は存続と差異があるから、このことによつても、のちに合棟による滅失の登記を免れないとしても、取りこわしによる滅失の登記を抹消登記していつたん表示の登記の回復を図る利益がある。)。(2) 建物の表示に関する登記は同一の建物につきその現実の表示の変更が数次にわたり生じた場合でも現在の状況に合致した登記がなされれば足り、いわゆる中間省略登記に準じた登記処理をすることも一般に認められるところであるが、右は現実の表示変更に伴う登記がいずれも未了の場合に可能なことであつて、本件のように既存の表示の登記の抹消登記が建物の取りこわしによる滅失か合棟による滅失のいずれかの原因によつて可能な場合、前者の理由による滅失の登記が無効であるにかかわらず、後者の理由による滅失の登記が有効であるとして、前者の理由による滅失の登記を抹消登記して回復したうえ後者の理由による滅失の登記をする一連の手続を省略し、前者の滅失の登記を後者のそれに流用する形の登記処理は中間省略登記とは異質のものであつて許されるべきものでない。(3) また、登記された独立の二個の建物が隔壁を除去して合棟し一個の建物となつた場合、一不動産一登記用紙の原則により合棟後の全体を一個の建物としてその表示の登記をしなければならないが、不登法九三条ノ三の規定によると合併の登記によつて一登記用紙に改めることが常に可能であるとはいえない(前掲甲第一号証の一、二によると、取りこわし前の第一物件には既に所有権以外の権利に関する登記の存在が認められるから、同法九三条ノ四の合併制限の規定に照らし、第一物件の登記簿上の二棟二個の表示を合併登記することはできない。)から、控訴人主張のとおり、合棟前の建物につきその上に設定された権利に関する登記を考慮せず滅失の登記をし、合棟後の建物につき表示の登記をすること(昭和三八年九月二八日民事甲第二六五八号民事局長通達、昭和三九年三月六日民事甲第五五七号民事局長回答)が、現行不登法の下では正当な登記処理というべきであり、したがつて抹消登記によつて回復された第一物件の登記簿上の表示を第二物件の表示に変更登記できないことは控訴人主張のとおりである。しかしこのことは建物取りこわしによる滅失の登記の抹消登記により表示の登記が回復されたのちにおける合棟を原因とする登記処理の問題にすぎないから、右登記処理の方法が控訴人主張のとおりであるとしても、これをもつて本件取りこわしによる滅失の登記の抹消登記請求権の成立に影響するものではない。したがつて控訴人の右合棟に関する主張はすべて採用できない。

4  以上の認定及び判断によれば、被控訴人の本件各登記申請は、第一物件の滅失の登記及び第二物件の表示の登記の各抹消登記手続を命じた別件高裁判決に基づき、登記簿上の所有者に代位して行うものである(成立に争いない乙第四ないし第六号証によると、被控訴人は昭和四五年中控訴人に対しみずからの名で第一物件の滅失の登記、第二物件の表示の登記につき抹消登記を求める審査請求をし、更に第一物件の滅失の登記及び登記簿の閉鎖処分の取消を求めて神戸地方裁判所に訴を提起し、当裁判所に控訴しいずれも棄却の判決があつたことが認められる。)が、表示に関する登記の申請である以上、登記官の実質的審査を免れるべき理由はないところ、回復後の第一物件の登記簿の表題部の表示が現存建物の現況と正確に符合している訳ではないことは前示のとおりである。しかし裁判所が、登記官が同一性がないものとしてなした旧建物の滅失の登記及び新建物の表示の登記について、同一性があるとの首肯するに足りる判断を示して、その各抹消登記手続を命じた確定判決に基づいてなされた抹消登記申請を、登記官が改めて同一性を否定し実地調査の結果と符合しないとの理由により、不登法四九条一〇号によつて却下することは、その登記請求権を認めた趣旨に照らして、許されないものというべきである。

また、本件各登記申請が、その趣旨自体において既に法律上許容すべきでないことが明らかであるとはいえないことは前示のとおりであるから、同条二号の該当事由があるとすることもできない。

したがつて、右各号に該当するとしてなした控訴人の本件各処分は、登記申請の却下事由の認定を誤つた違法があるものといわなければならない。

三  そうすると、本件各処分の取消を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容すべきである。

よつて、右と同旨の原判決に対する本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村瀬泰三 高田政彦 篠原勝美)

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